- 藤川球児選手引退セレモニーを実施
- 2020年11月11日 更新
10日(火)対読売ジャイアンツ戦終了後の阪神甲子園球場にて、今季限りで現役を引退する藤川球児選手の引退セレモニーを実施しました。
スタンドでファンの皆様が見守る中、藤川選手がマウンドに立ち挨拶を行いました。
「僕の投げる“火の玉ストレート”には甲子園球場のライトスタンドの大応援団の皆様のチームの想い、そして全国のタイガースファンの熱い想いが全て詰まっています。それが皆さんの知る“火の玉ストレート”の投げ方です。それは打たれるはずがありません。打者のバットに当たるはずがありません。僕が言うのも変ですが、不思議な力が湧いてきて、普段の自分ではなくなるのです。「野球選手 藤川球児」というのは、皆様の気持ちの塊だったんだと思います。ファンの皆様にとって、僕の存在が誇りというのならば、僕にとってもファンの皆様が誇りです。その気持ちを後輩たちに一緒に送り続けましょう。そしてタイガース史上最高のキャッチャーで僕が世界で一番尊敬している矢野監督を日本一の監督にしてあげましょう!長い間のご声援、本当に本当にありがとうございました!」
挨拶を終えた藤川選手へ、阪神タイガース歴代監督を代表して岡田彰布元監督、藤川選手の登場曲「every little thing every precious thing」を歌うLINDBERGのボーカル渡瀬マキさん、お子さんとご夫人から花束が手渡されました。
そして、甲子園でのラストピッチングを矢野燿大監督とのバッテリーで行ったあと、矢野監督から花束が手渡されました。
藤川選手は、最後にファンの皆様に挨拶をしながら場内一周をしました。
以下、藤川選手コメント
―グランドを1周してファンの皆さんの声援をどのように受け取りましたか。
今回の引退記念グッズや2005年に優勝した頃から自分を応援してくれてるファンの皆さんも見えて、一緒に思い出のページを捲っているような感慨深いものがありました。
―セレモニー中も終始笑顔が見られました。“笑顔”を意識されていましたか。
自分にとっての野球というのは痺れるような戦いです。そんな中での悔しさや嬉しさがグランド上での本当の涙だと思っています。
ですので、チームのために涙を流すことはあっても自分がチームを離れるということで涙を流したことは実は一度もありませんでした。
―登場曲に「every little thing every precious thing」を選んだ理由を聞かせてください。
野球選手としてうまくいっていないと感じていた時に、妻が「この歌はどう」と勧めてくれたんです。
その歌が、自分が活躍する事でどんどんファンの人達に浸透していき、いつのまにか甲子園全体を包むような歌になりました。
皆さんに対して力になるようなメッセージを送りつづけた渡瀬さんの歌と、僕がそれに乗って全国のタイガースファンへ夢や希望などを感じてもらおうと思っていましたが、いつの間にか僕自身が夢や希望を皆さんからもらう歌になりました。
―セレモニーの挨拶にもありましたが、これからどう家族に恩返をしていきたいと考えていますか。
1度や2度ではなく、常に思い続けて、人生をかけて少しずつ恩返しをしていきたいと思っています。
―最後の登板、納得いくボールは12球のうちどれくらいありましたか。
結構ありました。ブルペンで「あ、いい投げ方あるな」と見つけることができました。
「明日になればもっとよくなるのにな」とも、そう思えることって幸せだなと思っています。
―矢野監督とのラストピッチングはどのような気持ちで投げましたか。
矢野さんとは若い時からずっと一緒にやってきて、僕が人生で一番尊敬する方です。
プロ野球の監督って本当に大変で、厳しい声やつらい思いを全て受け止めて、戦っていくという精神力が必要で、そんな中でグランドに出ていって、選手の皆を動かしていくのはすごいことだと思います。
だからこそ、ファンの皆さんにも本当についてきてほしいですし、何とか矢野さんを日本一にしていただきたいと改めて思いました。
―ラストピッチングでは、多少手加減されたようにみえたのですが。
肩が壊れてもいいので全力で投げたらよかったんですが、やっぱり野球が好きなんでしょうね、またどこかで全力で腕を振る日があるかもしれないと思ってしまいました。
―全国のタイガースファンへ想いをお願いします。
自分自身、紆余曲折ありながら、野球選手としてこの様な着地ができました。
苦しいところで戦って、そこから立ち上がろうとしている時、支えてくださる心が一番大切だと感じてきました。
これからは、後輩たちに温かい声援を送ってほしいですし、皆さんも元気でいてもらいたいという思いです。
大感謝、感謝感謝です。本当に、皆さんのおかげで幸せな今日があります。